愛宕神社は、栗原小学校の裏手にある小高い丘の上にあります。
現在は、鳥居と小さな祠と石碑しか残っていません。
日本には、愛宕神社という名前の神社が数多くありますが、元となる神社は江戸時代に徳川家康が江戸に建立しました。
特に武士の信仰が篤(あつ)かったため、江戸に出てきた地方の武士たちは、幕府(ばくふ)に忠誠(ちゅうせい)を誓う意味もあり、参勤交代(さんきんこうたい)のおりに江戸の愛宕の神様のご分霊を地元に持ち帰り、小高い丘の上に愛宕神社をお祀りしたのが起源といわれています。
愛宕神社の入り口には、石造りの鳥居があり、寄贈した方々の名前が刻まれています。
この愛宕神社の鳥居は「神明鳥居(しんめいとりい)」という形の鳥居です。
神明鳥居は、全体的に直線的な部材を用いて作られているのが特徴で、靖国神社をはじめとする全国の護国神社で見られることが多い鳥居です。
石段を登っていくと、頂上には小さな祠があります。
愛宕神社は火産霊命(ほむすびのみこと)という火の神様が主祭神の神社なので、昔は防火の神様として祀られていました。
防火や防災のほか、恋愛・結婚・縁結びのご利益があると言われています。
神社の鳥居の右側には、「鹿島神傳直心影流(かしましんでんじきしんかげりゅう)」という古武道の石碑が建っています。
鹿島神傳直心影流は、鹿島神社からはじまった剣術の流派で、江戸時代にはお止め流(一子相伝の門外不出)とされていたそうです。
この石碑からも愛宕神社が武士の信仰が篤かったことが伺えます。






